滝の川の記憶(本流10)

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「三字橋」をあとにし、
まだまだ先に続いている川跡を直進して行く

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すると、そう距離を歩かないうちに、
またもや前方に橋跡が見えて来た
六角橋から上流側は橋跡なんて、
プレートしかなかったのに、
下流側はしっかりと残っているようだ

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親柱を見ると「平尾橋」とある
しっかりとした作りで、
立派な橋だったようだ・・・・・・

平尾橋は震災復興当時は木桁橋であったらしく、
これはその後架け替えられた物と思われる・・・・・・。

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平尾橋の全体を写すとこんな感じ
橋の幅もあり、
けっこう大きな橋であったことが分かる
やはり、下流までやって来ると、
滝の川のような小さな川でも、
そこそこ川幅もあったようだ

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平尾橋をあとにして歩き出すと、
何ともう次の橋が見えていた

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親柱には「二ッ谷橋」とある
二ッ谷橋はなぜか下流側の親柱しか残されていなかった


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二ッ谷橋のある場所は、
神奈川スケートリンクの近くである


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滝の川は道を横断し、
スケートリンクの脇を通り流れて行く


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そして、京急線の高架下から開渠となっていた
ここから先は、普通の川として流れて行くことになる
これで、滝の川の本流は、
源流から下流の開渠部分まで繋がったことになる

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ちなみに現在地は反町公園のすぐ横を走る第二京浜道路で、
「境橋」という橋の上になる。
上の画像は境橋の親柱で「境橋」と大きな文字で刻まれている。

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そして親柱の裏側に回り込んでみると、
「復興局」の銘板が残されていることに気付く。
神奈川区内では「復興局」の銘板が残っている橋は、
滝の川に架かる境橋と入江川に架かる入江橋だけである。
震災の記憶とも言える「復興局」の銘板については、
なにか解説の看板を付けてくれてもいいのにな~と思った・・・・・・

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